LOGIN「まだ自分のことを夫だと思っているの? よくそんなことが言えるわね」 凜華の手は怒りと動揺から震えている。「離婚はしていないだろう。お前こそ、何を言っているんだ」 直哉は首を傾げた。「お前は、俺の妻だろう。俺の指示に従わないから、こうやって体調を崩したんじゃないのか?」(あなたは私をモノだと思っている。それは変わっていないのね)「あなたはそうやっていつも自分の力ばかりを押し付けてきた。それでも、収監される前は尊敬できるところがあったから、一緒にいたのに。私のことを妻だと思っているのなら、どうして信じてくれなかったの?」「あなたは私を一切庇おうともせず、罪を立証するような発言ばかりだった。覚えているわ」 凜華の言葉は止まらない。「夫だったら、妻を信じてくれるのが普通でしょう? なのにあなたはっ!」「落ち着け」 大きな声を出した凜華を涼真は静止する。「体調がまだ万全じゃないんだ。急に身体へ負荷をかけるな」 そんな声をかける涼真も、自分が凜華を冤罪へと追い込んだ人物であり、どのようなかたちで二人の間に入ればいいのか、距離が図れていない。 涼真の様子を見て、直哉はフッと笑う。(涼真を見て、あの直哉が笑った?)「宗像先生。あなたそうやって彼女のことを擁護できる立場なんですか? あなたの発言があって、彼女は捕まったんですよ」「それは……」(くそ。ここで凜華の冤罪をこいつに話してしまうと厄介なことになるな。どうするか)「桜庭さん。それで今日はどうして面会に? 凜華さんに何の用事ですか? 凜華さんは、あなたと離婚をしたがっている。離婚届を提示されていますよね?」 口を割って入ったのは、後ろに座っていた琥珀だった。 琥珀は凜華から直哉へ向けての離婚届を預かり、直哉へ渡している。 凜華から唯一、事情を相談された人物だ。「……。仁王さんですね? その節はお騒がせしました」 口を出した琥珀にぎろっと鋭い眼光を直哉は向けた。(桜庭直哉。俺のことも調査済みってことか。あの時、初めて会った時は、明らかに俺のことを軽視していた。だが、今は仁王財閥であることを理解しているような態度だな)「俺は自分の妻を迎えに来ただけです。今の彼女では、入院費用なんて支払えませんよね。保護する役割にあるのは、夫の務めでしょう?」「直哉……。あなた、本当に正気?
「お世話になっております。宗像先生、お久しぶりです。妻が起こしてしまった事件の際は、いろいろとお世話になりました」 直哉は立ち上がり、まず涼真へ声をかけた。(今、直哉ははっきりと妻と言ったわ。まだ私のことを妻だと本当に思っているの?) 凜華は自分のことを妻だと言われたことに戸惑いを感じている。(私のことを恨んでいるはずなのに) そんな凜華をよそに、直哉と涼真はしっかりと向き合って視線を合わせていた。(この男、感情が入っていない話し方をするな。妻という部分を強調した気がするが。聞き間違いか?) 涼真も直哉の様子を探っている。 直哉が話した内容は至って普通の挨拶だが、声はとても低く、愛想のカケラもない。「お久しぶりです。どうぞ、おかけください」 涼真は返答し、直哉にソファへ座るように促した。 凜華は二人のやり取りを近くで見ながら、緊張からか、身体が硬くなっていった。 空気がとても重く感じる。(二人とも普通に話しているように見えるけれど、敵意がむき出しだわ) ライバルである二人、お互いに隙を見せない。(直哉は私のことを視界に一度入れたけれど、見ようともしない。何がしたいの? 私に面会へ来たんじゃなかったの?) 涼真と凜華は直哉と迎え合わせに座り、そのうしろのイスに琥珀は日葵を抱きかかえながら座った。 その場にいる全員が座り、何秒経っただろう。 凜華にはとても長い時間のように感じた。(私から話をしなきゃ。みんなを巻き込んでいるのは、私なんだから) 凜華はすっと息を吸い「何の用事? 私に面会なんて。どうしてここに入院しているってわかったの?」 直哉へ声をかけた。「何の用事とは……?お前は、どれほど俺に恥をかかせるつもりなんだ」 直哉の言い放った言葉と目つきは、凜華のことを蔑んでいるように見える。「自分の妻が入院しているのに、面会に来ない夫なんているわけがないだろう?」「はっ……?」 彼女は直哉の真意が理解できずにいる。(自分の妻……? 夫……? 何を言っているの? あなたは私を捨てたんじゃなかったの?) 混乱しているのは凜華だけではない。(この男、何を言っているんだ。凜華を信じもせず、擁護もしなかった。それに出所後も凜華と向き合おうともしなかったじゃないか。唯衣と結婚を考えているんじゃないのか?)(凜華さんを大切
「えっ……」「はっ……?」「まさか……」 事務職員の言葉に三人が同時に息を飲んだ。「どうしてあいつが凜華の入院先を知っているんだ。独自で調べたな」 涼真はチッと舌打ちをする。「直哉がここに来ているの……?」 凜華は驚きを隠せない。直哉が面会を求めてきた理由がわからなかった。(ついに、離婚してくれる気になったのかしら。それならいいんだけど)「凜華さん、どうしますか? もし面会するのであれば、俺も付き添います」「いや、俺たちの間違いだろう。誰の病院に入院させたと思っているんだ。もちろん、俺も同席する」 男たちは譲れない。あの桜庭直哉が相手でも彼らは怯まなかった。「直哉と会うわ。目的を聞きたいから」 あの非情な声、冷たい目つき、信じてほしいと懇願した時、強引に突き放された瞬間のことを凜華はもう一度思い出す。(直哉のことを怖くなくなったと言えば、嘘になる。だけど私のとなりには大切な日葵がいる)(それに、今は信頼できる琥珀くんも近くにいるし、涼真のことは信用してはいないけど、ライバルである涼真がいることで、直哉だって変なことはできないはず)「桜庭直哉をVIP対応時の面会室へ呼べ。俺たちも向かう」「承知いたしました」 涼真が指示を出すと、事務職員は、ささっと医事課へ足早に向かった。「凜華さん、無理しないように。歩けそうですか? 車イスとか用意しますか?」 琥珀がベッドから立ち上がろうとする凜華を気にして、手を差し出す。「大丈夫そう。ありがとう。琥珀くん、日葵だけ抱っこお願いしても良い?」「はい。大丈夫です」 凜華は自分の足でしっかりと立ち上がった。 背筋は伸び、まるで何かと戦いに行くような緊張感が彼女の周りに広がっている。 涼真はそんな彼女の姿を一瞬見つめ、すぐに目線を落とした。(医師免許が停止されたのは俺のせいだ。仁王にはそんなにも心を開いているんだな。昔、俺に懐いてくれていたように) 涼真のことを兄のように慕っていた凜華の姿は今はもうない。(俺はどうしたら凜華に近づけるのだろう) 珍しく、涼真の心は弱気になっている。(桜庭直哉には、凜華は渡さないがな) 涼真や琥珀にとっても、桜庭直哉との面会は、一種の戦闘に行くようなものだった。 三人はそれぞれの気持ちを抱えながら、面会室へ歩き出す。 凜華のペースに合
「凜華。こんな生活を続けていないで、医者に戻ったらどうだ?」 涼真は凜華の身体のことを考え、伝えた言葉。 だが、その言葉を聞き、凜華は渋い顔をする。「戻れない。私は逮捕されたの。医師免許が停止になっているのよ」(出所した時、そうなっていることは覚悟していたけれど。直哉に連絡がすべていっているから、はっきりしたことはわからなかった)「涼真から医師として働かないかと提案を受けた時、調べたの。そしたら、三年の免許停止処分になっていたわ」(この間、涼真からビジネスの話をされた。もう一度医師として働ける場があるならと希望を持ったけれど、現実は甘くはなかった。はく奪になっていないだけマシって考えたけれど) 涼真は言葉を失っている。凜華を冤罪へ追いやったのは自分。それを理解しているからだ。「しばらく医師には戻れない……」 ぽつり彼女の発した言葉はとても重かった。医師として働くことができたらどんなに良かったことだろう。今の彼女には許されない。」「凜華、俺が……」「だからと言って、今のところで命を削りながら働くことはありません。俺がどうにかします」 涼真が何かを言いかけたところで、琥珀が涼真の発言を遮るかのように言い切る。「今の住居や職場環境は劣悪です。日葵ちゃんのためにも良くありません」「わかっているわ。だけど、前科がついている私を雇ってくれるところなんか。住むところも一人じゃ契約できないのに」「俺がなんとかします。だから信じてください」 凜華の知っている、あの穏やかで優しい琥珀ではなかった。頼りになる、そんな存在へと変わっている。凜華が指示を出していた後輩の姿は、もうそこにはなかった。「ありがとう」 ただ、彼女は感謝を伝えることしかできない。 涼真は悔しそうにその光景を見ているしかなかった。自分が凜華へ行ったことの後悔の念、自分が直哉から凜華を奪い、幸せにすることを決めていたのに。 目の前にいる部下の方が圧倒的に凜華に信頼されている。(こんなはずではなかった。あの男から凜華を引き離せば、すべてはうまくいくと思っていたのに) 涼真はなんとも言えない感情を抱く。嫉妬、後悔、怒り。涼真が凜華へ行った行為は許されることではない。 自分が提案した「医師へ戻れ。俺の病院で働けば良い」そんなことが叶うわけがなかった。 その時<トントントン>
「唯衣が犯人って……」(どうして? 唯衣は何を考えているの? きっと、直哉と籍が入っている私の存在自体が彼女にとって邪魔なんだわ) 凜華は、唯衣が直哉のことを慕っているのは、知っていた。直哉も唯衣のことを大切にしている姿を何度も目撃している。(もう私のことなんかほっといてよ……。私は日葵と二人で暮らしたいだけ。それだけを望んでいるのに) 凜華は唯衣の本来の姿を理解し、すでに分かり合うことはできないと諦めている。「もちろん、実行犯はあいつではない。金で雇われている奴らが何人かいるようだ」「それはそうでしょうね。直接自分の手を汚すことはしないでしょう。証拠はあるんですか?」「はっきりした証拠はまだ掴めていない。だが、おそらく影で動いているのは唯衣だ。俺が凜華と接近しないように、俺指名のVIP客の入院患者を斡旋させていることが確認できた」「使用人からの報告で実行犯に問い詰めたところ、灰原家という言葉を濁している」(灰原家、父と母がこんなことをするわけがない。あの二人は私のことは死んだと思っているくらいだし、興味もないだろう)(こんな陰湿な虐めを楽しむ、最近の唯衣ならやりそうなことね。私が自我を保てないほど追い詰めようとしたんだろう) 凜華は涼真の発言を聞き、思い、感じる部分があった。 今の義妹ならば、考えそうなこと。「唯衣に、私の住んでいるところが知られているってことよね?」「ああ。そうだ」(直哉が唯衣に話したの? あの二人は繋がっていると思うから、きっとそうよね) 凜華は直哉が関わっていることを疑っている。(住処を唯衣に話したのは直哉で、唯衣がこんなバカなことを提案して、きっと二人で私のことを嘲笑っているんだわ)(どこまで人のことを追い詰めたら気が済むの? 離婚なんていつでもしてあげるのに) 凜華はぎりっと奥歯を噛みしめた。「俺の部下が実行犯の一人を捕えたことは、向こうにも伝わっているだろう。だから、しばらくは何もできないはずだ。向こうも今頃、こちらの様子を伺っていると思う」「さすがの灰原家でも、こっちには宗像先生や俺もいるんです。バレたとわかれば、簡単に手を出してきたりはしないでしょうね」 琥珀は冷静に三者の関係性を考察していた。だが、一つ気になっていることがある。「宗像先生は、灰原唯衣とも関係が深かったはず。凜華さんの事
「凜華さん」 凜華が目を覚ますと、病室だった。点滴とモニターに繋がれている。「琥珀くん?」 自分の名前を呼んだ人物は、琥珀だった。「すみません。俺が守るって言ったのに。凜華さんが大変な時に近くにいることができなくて」 琥珀は目線を下げ、肩を落としている。「出張から帰ってきて、すぐに凜華さんの家へ行ったんですが。居なくて。宗像先生なら事情を知っているかと思い、聞いたらうちの病院に入院していると聞きました」(琥珀くん。病院よりも先に私の家へ行ってくれたんだ)「公衆電話からの電話履歴は確認していて。もしかしたら凜華さんが何かヘルプを出しているかもしれないと思い、予定よりも早く帰ってきたんですが。こんなに大変なことになっているなんて」「悔しいです。近くにいることができなかった自分が」 琥珀は両手をギリギリと握りしめている。「ううん。琥珀くんのせいじゃない。私がいけないの。私がこんなにも弱いから」(自分一人で生きていくと決めたのに。結局守られてばかりの自分が悔しい)「何があったんですか? 宗像先生に聞いたら、何か知っていそうな雰囲気でしたけれど、何も教えてはくれませんでした」「涼真が知っていそうだった?」(私は何があったのかは、涼真に詳しくは話していない。なぜ涼真が知ってるの? まさか犯人は……) 凜華が深く考えそうになった時、ガラッと病室のドアが開く。「仁王。誤解するようなことを言うな。凜華が俺が犯人だと思ったらどうするんだ?」「日葵!!」 不機嫌そうに入ってきた涼真だったが、大切に愛おしそうに抱えている存在がいる。 凜華の子ども、日葵の姿だった。 日葵も涼真を嫌がることはなく、落ち着き抱かれている。 涼真は凜華のベッドへ近づき、そっと彼女のとなりへ日葵を降ろした。「日葵。ごめんね……。ごめんね」 凜華は点滴に繋がれていない方の腕を日葵へ伸ばし、頭を撫でる。「うーー」 母親に撫でられた日葵は上機嫌のようだ。「そろそろ目覚めると思って、日葵を連れてきた。凜華は感染症の類ではないから心配するな」「ありがとう。日葵が元気そうで、本当に良かった」 今ではただ一つの宝ものである日葵。 凜華にとって、日葵以上の存在はない。「言っとくが、俺はお前に嫌がらせなんてしていない。俺が独自に調べたんだ。疑うなよ」「嫌がらせって、ど